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時代とともに変化する教科書 美術が生徒にできること 光村図書出版株式会社 美術課編集長  橋本 英明 氏 作品を通じて読者を知る

そうした生徒側の視点に立つために、橋本さんが普段行っていることはありますか?

現場に立つということですかね。我々にとっての現場とは学校なので、学校に足を運び、機会があれば生徒に声をかけてコミュニケーションをとるようにしています。そして教室を覗いては「どういう筆箱を使っているのかな」「どういう髪型が流行っているのかな」という具合に等身大の中学生を観察するようにもしています。我々の場合は、作品を通して生徒たちを知る機会が圧倒的に多いのですが、生徒たちの作品展が開催されれば、できるだけ時間を作って出向くようにしています。この平成24年度版の教科書では、私自らシャッターをきった生徒の作品だけでも約2000点に上りましたから。

2000点ですか!?

編集部で撮った枚数を合計したら、もっと多いですよ。そのなかから生徒の作品を吟味して、生徒たちがどんな思いで描き、表現したのかを先生から聞くなどして、今の生徒を知っていくわけです。他に、中学校の公開授業に参加したり、美術科の研究会に出向いたりして先生の授業を知ったり、また学校の状況を聞いて編集に何ができるかを考える。
この現場に何かあるかもしれないという感覚は、雑誌編集の時代からやってきたことで、私にとって特別なことではありません。媒体が雑誌だろうと教科書だろうとそのスタンスは変わらない。
雑誌媒体の編集者時代は、アラスカに行ったりアメリカ中西部に行ったりと、そこでは何が起きるかわからないけれど、まずは現場に行くわけじゃないですか。それと同じことで、今は中学校に行くチャンスがあれば「そこに何があるのか?」「そこでどんなことが行われているのか?」「学校新聞にはどんなものが掲示されているのか?」「生徒の作品が展示されているのか?」 そして美術室に行って飾ってある作品を見れば「今こんな作品をつくっているのか」「この子いい感じだな」というように作品を通して生徒を見る。冷静に現場を観察するというのは、編集者の職業病ですよね。

美術の教科書が果たす使命

ただ、教科書なので載せるべき作品が決まっているなどの制約が多そうなイメージがしますが。

載せるべき作品が決まっているということはないですね。題材の設定から作品選定まで、全て私たち編集部と編集委員で編集会議を繰り返し開いて決めています。教科書作成の骨子となる学習指導要領は「絵・彫刻、デザイン・工芸をやってください」「描く活動とつくる活動をやってください」「表現中心と鑑賞中心の題材をバランスよく入れてください」という内容が主で、この作品を載せなくてはダメなどといった制約はありません。生徒が美術で養ってほしいこと、それについて美術にできることは何かと考え、そこから具体的にどういう題材がいいのか、作例はどういうものがよいのか決めているのです。

思ったよりも自由度が高いのですね。

とはいえ、いくら好きに作品を選ぶことができても、現代美術だけ並べていいのかというとそうではなく、世界の美術史のなかでも生徒たちに知ってもらわなければいけない名作だったり、エポックだったり、世界の美術史上の重要な作品は、押さえないといけないという見方はしています。

とくに高校になると美術は選択制になるので、高校で美術を選択しない生徒にとっては中学校が最後の美術となります。そのため、教科書に何を載せるべきかという作品の吟味は、かなり根を詰めた議論を重ねていますし、鑑賞中心の大事な作品は、よく見てほしいという意味を込めて観音開きにするなど作品を大きく扱っています。たとえば、『風神雷神図屏風』や『ゲルニカ』がそうですね。ピカソの『ゲルニカ』は、絶対に中学生にも見てほしいものです。新しくて面白い作品はたくさん出てきていますが、我々としては美術文化として長い歴史をくぐり抜けた名作をまず生徒たちに伝えないといけない。それは、ある種の使命感みたいなものでもあります。逆にいうと今はインターネットが発達しているので、たとえば現代美術に興味がある生徒は調べてみることができる。ランダムに教科書をめくって作品を見ていく生徒も、もちろんいます。教科書の編集とは、学習指導要領に則って、できる限り多くの生徒の資質を引き出していくという根気のいる仕事ともいえます。

何のために美術を学ぶのか?

美術の教科書は、作品や作家を覚えるための補助教材として存在するのだと思っていましたが、今はそうではないことがよくわかりました。今の美術教育は、生徒たちにどんなことを教えてくれるのでしょうか?

今の学習指導要領では「絵を上手に描く」「そっくりに描く」ということは一言も言っていないですし、ましてや「画家を育てる」「アーティストを育てる」ために美術を学ぶわけではありません。たとえば、アーティストの日比野克彦さんに登場いただいている「発想・構想を広げるために」という巻末資料では、作家が何を考え、どういうアイデアを浮かべて作品にしていくのか、アーティストの考え方や作品ができるプロセスを伝えることが優先されます。もちろん作家作品はリスペクトしますけれども、それだけではなく、どうやってアイデアを出して、それをどう形にしていくのか、そのプロセスを生徒たちには学んでもらいたいのです。単に作家を紹介するために載せているわけではありません。

なるほど、他にもそういった例はありますか?

そうですね。この『風神雷神図屏風』の鑑賞題材ですが、これは生徒たちが作品をみて話し合う活動、いわゆる「対話による鑑賞」を意図したものです。これは先生がナビゲーターとなり、生徒たちが作品を見て話し合っていくという鑑賞の方法論の一つですが、そうすると生徒たちは色々なことに気づいていきます。

まず、先生は生徒の意見を否定しないで肯定していくこと、生徒は他の人の意見を茶化さないなどの基本的なルールを説明して、生徒同士で作品について感じたことを話し合います。初めは「足首に輪っかがついている」「たすきをつけている」といった絵の細部についての意見がほとんどですが、そうした意見を先生がまとめて対話の舵取りをしていくと、生徒は「下界にいる人たちは雨や風や雷に襲われているだろうな」と想像し始めますし、「この二人はもしかしたらライバル同士で『今日は俺が風を吹かせる』『今日は俺が雷を落とす』と争っているのかもしれない」というように作品のイメージが広がっていく。そして最終的には作品の本質や作家の心情に近づいていくのです。その様子は観ているこっちの鳥肌がたつくらいです。

美術鑑賞は創造力を養うだけでなく、想像力やコミュニケーション能力の向上にもつながりそうですね。

そうです。この鑑賞では人の意見を否定しないでよく聞くため「自分はこう思っていたけれども、他の人はこう感じていたんだ」と、生徒たちは人それぞれによって見方が異なるということを知り、そのことを肯定していけるようになるわけです。つまり多様性を認められるようになる。みんなの意見が出揃った時点で、先生は生徒たちにみんなの意見をまとめ、発表するように促すので、意見を論理的に言語化して人に伝える力が身につく。コミュニケーションのセンスが磨けます。こういうことができる教科は、なかなか他にはなくて、美術はとても得意としているところです。

たしかに今は正解が一つだけある時代でもありませんし、そういった複数の意見をまとめ、アウトプットする力はこれから必要です。

美術にできることは時代とともに変わっていくでしょう。つい最近、戦後6年目の昭和26年の教科書を開いたのですが、そこには実用的なものがたくさん載っています。当時は中学校でも美術ではなく図画工作科とよんでいましたが、椅子や花壇のつくり方などの図面が載っているのです。戦後で物資がない時代だったから、自分でノコギリを使って工作するなどして何かをつくり出すことが必要だったからでしょう。そういった意味で、美術の教科書を見ていくと、視覚的にその時代がよくわかります。

国宝『風神雷神図屏風』。高度な製本技術で屏風の折り目とページの折り目を重ね、ダイナミックさを再現。

国宝『風神雷神図屏風』。高度な製本技術で屏風の折り目とページの折り目を重ね、ダイナミックさを再現。

平成24年度版中学校用教科書『美術1』『美術2・3上』『美術2・3下』

発行:光村図書出版株式会社
等身大の生徒の視点に立ってつくられた紙面、先生が教科書を機能的に活用できるような工夫、そして美術への並々ならぬ情熱が詰まった教科書。教科書初のデザインバーコードを取り入れるなどの遊びゴコロも満載だ。教材編集者だけではなく一般書の編集者にもぜひ参考にしてほしい。
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