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コンデネット・ジェーピー カントリー・マネジャー 田端信太郎 新たなメディアへの挑戦 ―先駆者こそが、価値を創出する―
田端信太郎 1999年慶應義塾大学卒業後、NTTデータ入社。その後リクルートへ転職し、『R25』の源流となるプロジェクトを起案。創刊後は広告営業責任者としてナショナルクライアント開拓の営業活動に携わる。2005年、ライブドア移籍後に執行役員、メディア事業部長として『BLOGOS』などを立ち上げ、ライブドア再生の立役者とも評される。2010年5月より、コンデネット・ジェー ピー カントリーマネジャーに就任。『VOGUE.COM』、iPad版の『VOGUE』『GQ』のデジタルマガジンの事業開発を統括している。

iPad発売と同時に『VOGUE NIPPON』『GQ JAPAN』などの電子雑誌アプリを他社に先駆けてリリースし、その動向に注目が集まっているコンデナスト・パブリケーションズ・ジャパン(以下コンデナスト)。その陣頭指揮を執る田端 信太郎氏はリクルートで『R25』を立ち上げた後、ライブドアに移籍し、執行役員として再生を図った人物である。メディアの先端に立ち、常に挑戦し続けてきた田端氏に新たなメディアの潮流と出版ビジネスの課題について聞いた。

今までにない紙メディア『R25』

田端さんはリクルートで『R25』を、ライブドアでライブドアニュースや『BLOGOS』の立ち上げなど、常にメディアの先端でチャレンジし続けていますね。

僕は、新しいメディアビジネスをつくることに興味があるんです。2001年に新しいビジネスを立ち上げたいと思って、リクルートに入社し、当時はネットの新規事業提案ばかりしていました。だけど、ネットバブルが弾けてから「ほら、やっぱりネットはダメ。インチキじゃないか」みたいなムードが社内であって。じゃあ、紙で今までと全くちがうモデルのビジネスってなんなんだ?って考えていたときに浮かんだのが『R25』でした。非常にうまくいったと思います。いろいろな意味で私のメディア制作の原体験になりました。
ただ、当時は広告営業の責任者をしていたんですが、どうも1年くらい経ったところで、息苦しさを感じてしまったんですね。

息苦しさというと?

最初に自分の頭の中にあった『R25』というプランがだんだん自分一人のものではなくなってきて。結局、良くも悪くも自分も会社の駒なんですよ。週刊誌って、言い方悪いですが、ルーティンワークが多くて、何曜日の何時までに何するというのが、決まってて動いている。
しかも『R25』は、電通さんが広告を全部買い切ってくれたんですね。そのことによる編集への圧力は仕方がない、とは思っていたんですけど……。
そんなときに、タブーに次々挑戦しているライブドアから誘われて、非常に自由でまぶしく見えたんですね。

「ライブドア事件」自社のスキャンダルをトップに

ライブドアに移って、事件が起こって、上の役員全員がパージ*1されてしまったので、持ち上がりみたいな感じで僕は執行役員になりました。当時はもうリースも切られるくらいですから、世の中は潰れると思ってたわけです。でも幸い株で全部資金調達していたので、手元にキャッシュはありましたが、赤字だったんですね。毎月数億円の大赤字で、役員会で会社のBS*2をみて「これがゼロになったらどうするんだ」と、その時はじめて経営感覚ってこういうものなんだと、リアルに突き刺さってきました。
ライブドアで面白かったのは、あれだけテレビや新聞で叩かれてれも、むしろアクセス数は増え続けたことです。
事件当時、僕はライブドアニュースの責任者もやっていたので、自社のことをどう書くべきかって悩むことがありましたが、堀江さんは「ページビューとれるんだから」みたいなところがあって、どうせ見に来た人に隠しても仕方がないし、じゃあむしろガンガン書いて、当事者だから一番詳しいということで、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もある、っていうのを身を持って知ったというか。
僕はライブドアにいて、それをできたことは誇りに思っていて。だって、新聞社なんて自社のスキャンダルを、一面に出すところはないでしょう。おかげで、ユーザーさんは逃げずに増え続けてくれて、信頼あるポータルに再生できたと思っているし、会社としても黒字になって継続できるようになりました。

「今までにない」「ほかとはちがう」ものを

だから、元々僕はそんなに『R25』の立ち上げのときもライブドアでブログ事業やっているときも、「紙」か「ネット」かという意識はあまりなくて、むしろ「今までないもの」とか「ほかとちがう」というようなものをつくりたいと思って仕事をしていたんで。それで、iPadが出るタイミングでコンデナストから、新しいメディアを生み出すという話は、非常に魅力的だったのだったので、チャレンジしてみようと。


その新しいメディアをつくりたいという理由は、幼い頃からの無類の雑誌好きだったという原体験があるとか。


僕は石川県の小松市というところの出身で、そんなに大きな本屋がないんですけど、小学校の時は1日中、近くの本屋で立ち読みをしていました。『宝島』とか『STUDIO VOICE』とか、『ロッキング・オン』……数えたらキリがないです(笑)。
中学、高校になると近くの本屋じゃ飽き足らなくなって、『広告批評』とかは地元では売ってないので、わざわざ小一時間かけて金沢まで行っていました。バス代浮かせるために30分ほど歩いたりして。本屋で新刊が出るたびに、平積みされた雑誌を見ては興奮していました。
雑誌って一番、紙のメディアで生態系が豊富というか、一番個性がある。紙のメディアのなかでも、ダントツに多いですよね。新聞に比べたら、ロットは小さくなるかもしれないですが、それだけユニークなものだったり、潜在的欲望を満たすようなものをつくっていて。
それから94、5年にインターネットがでてきたときに、秋葉原にMacを買いに行ってからはネットの世界にどっぷりはまったんですが。Webサイトが出てきたときに直感的にこれは全然もっともっと小ロットで、もっとユニークで、もっと生態系に多様なものが出てきたなっていう印象で夢中でしたね。



*1 パージ
追放、浄化、一掃などの意味。
*2 BS
バランスシートの略。財務諸表の貸借対照表のこと。
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